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名古屋高等裁判所 昭和59年(ネ)73号 判決 1985年4月30日

控訴人 甲野花子

右控訴代理人弁護士 伊神喜弘

同 加藤豊

被控訴人 乙山春夫

主文

被控訴人は控訴人に対し、金九〇万三二二七円及びこれに対する昭和五八年四月二八日以降完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

控訴人の当審における主位的請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の、各負担とする。

この判決は、控訴人勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。

事実

第一当事者の主張

一  控訴人

原審での請求を交換的に変更し、新たに以下のとおり請求する。

(主位的請求)

1 被控訴人は控訴人に対し、金一八一万四七九〇円及びこれに対する昭和五八年四月二八日以降完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

(予備的請求)

1 被控訴人は控訴人に対し、金九〇万三二二七円及びこれに対する昭和五八年四月二八日以降完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

二  被控訴人

1  控訴人の当審における主位的請求及び予備的請求も棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

一  控訴人の主張

(主位的請求原因)

1 控訴人は、昭和五〇年七月七日、次女乙山春子が死亡したことにより、厚生年金保険法の規定に基づき遺族に支給される遺族年金(以下「遺族年金」という。)の受給権を取得し、同五〇年七月から同五八年二月分まで総額三四五万八五五五円の遺族年金が支給された。

2 被控訴人は、亡春子の夫であったが、春子の死亡後、控訴人に無断で、何らの権限も義務もないのに前項記載の遺族年金の交付申請手続をし、かつ、遺族年金の振込先として東海銀行押切支店に控訴人名義の普通預金口座を開設し、右口座に振込み送金された遺族年金を引出すなどしてこれを管理していた。

3 被控訴人が右によって遺族年金を保管中、八三三五円の預金利息が発生した。

4 控訴人は、被控訴人から前記遺族年金中一六五万二一〇〇円の交付を受けた。

5 よって、控訴人は被控訴人に対し、前記事務管理によって被控訴人が受取った金銭及び果実である利息金の引渡請求権に基づき、以上残額一八一万四七九〇円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和五八年四月二八日以降完済まで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(予備的請求の原因)

1 主位的請求原因1ないし3と同旨。

2 控訴人が遺族年金の受給権を取得しなかった場合に得られたはずの国民年金保険法の規定に基づき支給される老齢年金(以下「老齢年金」という。)と前記遺族年金支給額との差額は合計一八〇万六四五五円である。

3 被控訴人は、右差額の半分である九〇万三二二七円を領得し、控訴人は同額の損害を被った。

4 被控訴人が前項の金員を領得するにつき法律上の原因は全くなかった。すなわち、被控訴人は遺族年金と老齢年金の前記差額につき、これを控訴人から贈与されたものとして取得しているが、右贈与は民法九〇条に違反して無効である。控訴人は、明治三四年生れの老女であり、長男甲野一郎らの仕送と老齢年金とでようやく生活を賄うことができる状況にあったし、控訴人の遺族年金が取得できるよう被控訴人がしたことというのは、遺族年金交付申請手続と一〇〇〇円を預けて預金口座を開設しただけであるのに、その後七年八か月の間に九〇万円余の金員を貰い受けたというのであるから、右は被控訴人がした行為と対比して著しく均衡を欠き、反社会的、反道義的であって、民法九〇条に違反して無効といわざるをえない。したがって、被控訴人による前記金員の受領は、法律上の原因を欠くというべきである。

5 よって、控訴人は被控訴人に対し、不当利得返還請求権に基づき、右九〇万三二二七円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和五八年四月二八日以降完済まで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被控訴人

(主位的請求原因に対する認否)

1 主位的請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実中、控訴人に無断で、何らの権限も義務もないのに遺族年金の交付申請手続をし、かつ、控訴人名義の普通預金口座を開設したとの主張は否認するが、その余の事実は認める。右は、いずれも控訴人の依頼に基づいてしたものである。

3 同3の事実は認めるが、その主張の利息は、控訴人に対する支払後の被控訴人に帰属すべき預金につき生じたものである。

4 同4の事実中、金額の点は争うが、その余の事実は認める。

(予備的請求原因に対する認否)

1 予備的請求原因1に対する認否は前記1ないし3と同様である。

2 同23の各事実は認める。

3 同4の事実は否認する。被控訴人が受領した遺族年金と老齢年金の差額は、控訴人から贈与されたものである。

第三証拠関係《省略》

理由

一  被控訴人と控訴人の二女春子が夫婦であったこと、右春子の死亡により、控訴人に対し、昭和五〇年七月から同五八年二月までの間に、被控訴人が開設した東海銀行押切支店の控訴人名義の普通預金口座に、総額三四五万八五五五円の遺族年金が振込まれて控訴人に右支給がされたこと、被控訴人が右預金を管理中に合計八三三五円の預金利息が発生したことは当事者間に争いがない。

二  主位的請求について

控訴人は、被控訴人がした右遺族年金の預金の管理が事務管理にあたると主張するのでこの点について検討するに、《証拠省略》を総合すると、以下の事実が認められる。

1  被控訴人は、建築業を営む株式会社乙山建築社の代表取締役であり、その妻春子は同社の事務員として経理事務を担当していたことから、その母である控訴人を春子の扶養家族としていたが、(被控訴人夫婦には子供一人があり、同人は被控訴人の扶養家族とされていた)、春子は昭和五〇年七月七日死亡した(右死亡の事実は当事者間に争いがない)。

2  控訴人(明治三四年一二月生れ)は、春子の死亡当時、老齢年金を受給していたが、控訴人が春子の扶養家族とされていたことから、被控訴人はより給付額の高い遺族年金の支給が受けられるかも知れないと考えて控訴人に相談のうえ、右給付申請手続を試みることとし、その結果、遺族年金が支給されることになれば従来の老齢年金の支給は停止となること、しかし遺族年金の方が高額であるので、もしこれが支給されたときは遺族年金と老齢年金の差額の半分を貰えないかとの提案をしたところ、控訴人においてこれに同意したため、被控訴人は控訴人の依頼に基づいて遺族年金の給付申請手続及び控訴人名義の前記普通預金口座の開設手続をし、右遺族年金が給付されることとなって前記振込の方法によって同年金が支給された。

3  老齢年金は毎年四月、八月、一一月の三回、遺族年金は年四回の支給となっているが、毎年八月が双方の年金の支給月に当っていること、控訴人は遺族年金の支給額については社会保険庁から直接控訴人に対してされる支給通知によってこれを知り、老齢年金の支給額については仲間から得た情報によってこれを知り、被控訴人に右双方の金額を告げていたこと、被控訴人は、これによって老齢年金支給時に老齢年金額とこれに遺族年金と老齢年金との差額(年額)の三分の一相当分の半分の額を合計した金額を支払い、双方の年金が支給される毎年八月に年間の支払額の清算をした。

4  被控訴人から控訴人に対する右支払は、被控訴人において前記預金口座への遺族年金振込額を受領後に支払うのではなく、被控訴人において、老齢年金支給時に前記支払額を先に立替払しておき、被控訴人が銀行に出向く機会に振込分の払戻を受けて右支払分に充当する方法によって行われた。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

右事実関係によれば、被控訴人は控訴人の委託に基づいて遺族年金の給付申請、控訴人名義の前記預金口座の開設、同預金の管理を行い、控訴人に対しては前記約束どおりの金員の支払をして来たものと認められるほか、右預金の利息も被控訴人の取り分として残された預金について発生したものと認められるから、右預金口座の開設、管理等が事務管理として行われたことを前提とする控訴人の主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がないといわなければならない。

三  予備的請求について

昭和五〇年七月から同五八年二月までの間に控訴人に支給された遺族年金と右期間中老齢年金が支給されたと仮定した場合の両年金の差額合計額が一八〇万六四五五円であること、被控訴人が右差額の半分である合計九〇万三二二七円を取得したことは当事者間に争いがない。

控訴人は被控訴人が右金額を取得したことが不当利得にあたると主張するのでこの点について検討するに、右事実関係並びに前記一、二の事実関係を総合すると、被控訴人は、右遺族年金と老齢年金との差額の半分を貰い受けるとの合意に基づいて前記の約七年八か月の間に右九〇万三二二七円を取得したことが明らかというべきところ、厚生年金法四一条一項の規定によれば、保険給付を受ける権利はこれを他に譲渡することができないとされているのであって、控訴人・被控訴人間でされた前記差額金の贈与は保険金受給権を譲渡したものではないが、同法の規定によって支給される保険金(本件の遺族年金もこれに含まれる)の給付が労働者もしくはその遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的としてされるものであり、かつ、前記受給権の譲渡禁止の措置が受給権者保護を目的としてされるものであることを考慮するならば、前記二認定のように控訴人に対す遺族年金の全額が被控訴人の管理する預金口座に振込まれる形で支給され、そのうち被控訴人が控訴人に立替払した額を除いた額、すなわち遺族年金と老齢年金との差額の半分に相当する額が被控訴人の所有に帰するという本件のような態様による受給金の一部贈与(遺族年金支給総額の四分の一強に相当する)は、実質において右差額の二分の一相当の受給権の一部譲渡と異るところはないものというべく、右贈与は前同条の規定の趣旨に反するだけでなく、前記二認定の事実及び控訴人が老齢であって(明治三四年一二月生れ)、右年金を主要な生活維持のための資金としていた事情(《証拠省略》により認められる)をも併せ考えるならば、右贈与は民法九〇条に違反するものというべく、無効といわざるをえない。

したがって、被控訴人が取得した前記九〇万三二二七円は法律上の原因を欠くものであって、右取得により控訴人に同額の損害を及ぼしていることも明らかであるから、被控訴人は控訴人に対し、不当利得金九〇万三二二七円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和五八年四月二八日以降完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるというべきである。

四  以上の次第であるから、控訴人が当審において従前の請求を交換的に変更してした新たな請求のうち、主位的請求は理由がないから失当として棄却すべきであるが、予備的請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 可知鴻平 裁判官 石川哲男 鷺岡康雄)

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